黄色いバラの花言葉によせて

 チャコはいつも感心していた。
 自分だってとうてい暇だとは言えない職業に就いたくせに、折にふれてメールをよこしたり実際に尋ねてきたりするまめなところや、その度に自分にまで気の利いた土産を持参するそつのなさには恐れ入る。大人になるにつれ険のとれてきた彼は、今ではすっかり人当たりのよい好青年となってしまった。
 よくもまあこれだけのいい男に育ったもんだと、チャコはほとほと感心していた。これでは隙がなさ過ぎて、まったく面白みがない。
 しかし同時に、チャコは深く同情もしていた。
 それは例えばこういう時だ。

 

「ずるい!」
「は?」
 思いを寄せる女性からの思わぬ抗議に、カオルは思わず間抜けな声を漏らして硬直した。そんなことを言われる原因にまったく心当たりがない。
 カオルは久し振りに地球の側を通る仕事にありついたので、その機を逃さず地球を訪れた。そうしてカオルがその好機に何をしたかというと、ルナの仕事の手伝いだった。
 手伝いといっても、今やっていたのはたいしたことではない。ルナが仕事で使う機材を運ぶただそれだけのことだった。
 そして女性が持つには重すぎると思われるそれをカオルが持ち上げたその瞬間だった。ルナから鋭い声を浴びせられたのは。
「何が、ずるいんだ?」
 予想外の事態からようやく立ち直って、カオルがそう尋ねると、ルナはふくれっ面のままでこう答えた。
「それよ」
 短い答えと共にルナのさした指の先にはカオルの持ち上げた機材がある。カオルは硬直していた間もそして今もそれを抱えたままだった。しかしこれがずるいと言われても何のことやら、やはりカオルにはわからない。
「これが、どうかしたのか?」
 重ねて尋ねると、今度は両手を腰に当ててルナは口を尖らせた。
「それ、重くて私はいっつも運ぶの苦労するのに、カオルは軽々持ち上げちゃうんだもん」
「そりゃ、まあ、オレも男だからな……」
 女性であるルナよりも力があって当然だ。それに思い人より非力であったなら、それはそれで男として寂しいものがある。
 だからこそのカオルの言葉だったが、それはルナの神経を逆撫でするものであったらしい。だからずるいのよとルナの語尾が跳ね上がった。
「カオルはそんなに細いのに、それでも私よりずっと力があるなんて。男の人だからってずるい。私もそれだけ力があったら毎日の仕事が楽になるのにー!!」
「ル、ルナ?」
 ルナの剣幕にカオルはかける言葉がみつからず、情けないことだが体を引いて一歩後ずさった。
 ルナの仕事は地球の環境回復。デスクワークも多いらしいが、やはりフィールドワークの方が断然多いそうだ。色々な調査や測定に使う機材や試薬から植物用の肥料、さらにはスコップなどの単純な道具に至るまで「運ぶ」という作業の必要なものは多岐にわたりそれらは例外なく重いらしい。
 それだけにルナは毎日苦労しているのだろう。自分が必死でやっていることを、他の人間が顔色一つ変えずに楽々とこなしたりしたら、腹が立ってしまうのもわからないでもない。
 だがしかし、やっぱりカオルは男でルナは女だ。力の差があるのは当然で、引け目を感じたり、ましてやずるいと羨んだり妬んだりすることではないと思うのだが。
 戸惑うカオルをよそに、ルナの憤り(?)は止まらない。
 カオルは細くても力があるんだから、私だって鍛えればもっと強くなれるはずだ。そんなことを握り拳で力説されるに至っては、これ以上ルナを刺激しないよう沈黙を保つことしかカオルにはできなかった。
 下手に刺激して筋力アップに励まれても困る。カオルには自分の想いは何があっても壊れないという確固とした自信があったが、自分よりガタイがよく腕っ節の強いルナ――それはさすがに想像しがたいものがある。
 しかしカオルがどうあれ、ルナはやはりたくましかった。
「よーし! 明日からトレーニング増やすぞー!」
 高々と拳を突き上げてルナは力強く宣言した。そうしてカオルが抱えているのとは違う機材を持ち上げて颯爽と歩き出す。どうあっても筋力アップに励むらしい。カオルは悄然と肩を落として沈黙を保ったまま、その後を追った。

 

 こうした時、チャコは深くカオルに同情する。
 好きな女に会いに来たというのに、何が悲しくて男だからという理由で嫉妬されなければならないのか。
 いい男が背中を小さくしてとぼとぼと歩いている様がチャコの涙を誘う。
 ルナが持っとる機材かて、充分重いんやけどなぁ。
 普通の女性なら、持ち上げるなんてことは到底できないはずのそれを抱えて、足取りの乱れないルナ。普通は手で運ぶなんてこと、誰も考えないようなそれを軽々と抱え上げるカオル。
 お似合いというべきなんだろうが、いかんせんルナの方のアンテナの受信感度が悪すぎる。カオルの地球訪問回数が増えれば二人の親密度が上がるかというと、これまでのところその兆候は全く見られない。
 努力をしてもしてもしても、それでも報われないカオルに、チャコは心から同情していた。
 ――そして同時に楽しんでもいた。
 完璧ないい男なんて面白みがなさ過ぎてつまらない。このくらいの弱点や隙があった方が、人間として魅力があるというものだ。
 これからも頑張ってくれ。
 その方がうちが見ていて面白いからと、チャコは前を行くカオルの背中にぐっと親指を立ててエールを送った。

終わり

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