優しいあきらめ

 ハワードはどこにいても目立つ。声が大きいし、いつも何かしゃべっているし、その上たくさんの取り巻きを引き連れているから、ハワードがどこで何をやっていても自然に視界に入る。
 だからその時もわたしは知っていた。教室に飾られていた花瓶が割れたのは、ふざけて走り回っていたハワードがぶつかったからだって。
 だけど。

「俺がやりました」

 そういって先生に謝っていたのはベルだった。
 ハワードはそれを遠くから見て笑っていた。
 ――しかたがないわ。
 わたしはそう思った。だってハワードには誰も逆らえないんだもの。しかたがない。
 小さくなっているベルの背中を見やって、わたしはそっとため息をついた。

 

 遭難したこの惑星では取り巻きがいなくなったのに、それでもハワードは目立つ。ここでも声は大きいし、身振りだって大きいし、やっぱりいつもしゃべっているし。
 だからその日、畑仕事に飽きたハワードがふざけて鍬を振り回し、勢い余って畑の柵を壊してしまったところも、みんなが見ていた。
「ぼくのせいじゃないぞ!」
 ハワードが壊したのだからハワードが直すようにと言われても、ハワードは自分が悪いと認めようとしなかった。
「お前のせいじゃなければ誰のせいだと言うんだ。お前がその鍬をぶつけて壊したところをみんな見ているんだぞ」
 ぴしゃりとメノリが叱りつけたけれど、ハワードは謝ったりしなかった。
「あれくらいで壊れるなんておかしいじゃないか。きっと元々壊れていたんだよ!」
 大きく鼻を鳴らしてそっぽをむいて、ぼくは悪くないからなとくり返す。
「あのねえ」
 あきれたと肩をすくめたルナが何かを言いかけたけれど、そこに口をはさんだのはベルだった。
「ごめん、それ、俺がやったんだ」
「ええ!?」
 みんなで驚いてベルを見上げると、ベルは眉をさげた表情で頭をかきながら説明した。
「昨日、畑仕事の当番だったときに、うっかり寄りかかって少し壊してしまったんだ。とりあえず補強をして後で直しておくつもりだったんだけど……」
 ベルの言葉は途中なのに、ハワードが跳び上がって声を上げた。
「ほうーら見ろ! ぼくのせいじゃなかっただろ?」
 それなのにみんなしてひどいじゃないかと、得意げに続けるハワードに、メノリが冷たい視線を投げた。
「そうだな、じゃあ修理はベルとハワードでやってくれ」
「なんでだよ! ベルが直せばいいだろ!」
「たとえベルが先に壊したのだとしても、ここまでひどく壊したのはお前だろうが。共同責任だ」
「ちぇっ」
 メノリの言葉にハワードは不満そうだったけれど、それでも一応、わかったよと言った。
「そうと決まればさっさとやろうぜ」
 そんなことを言いながら、壊れた柵の方へ歩き出す。
 ハワードの背中を少しだけ見送って、わたしはベルの顔に視線を戻した。
 どうしてベルがそんなことを言ったのか不思議だったから。
 昨日畑仕事当番だったのは、ベルとわたし。ベルは柵を壊したりなんてしていないことを、わたしは知っていたから。
 するとベルと目があった。ベルはちょっと困ったように笑った後で、唇の前で人差し指を立てた。
 内緒だよ、の合図だ。
「おい! ベル! 早く来いよ!!」
「ごめん。今行くよ」
 先に行ったハワードが、苛立った様子でベルを呼んだので、ベルはハワードに手挙げて答えた。そうしてベルはハワードの方へ歩いていったのだけど、その前にわたしを振り返ってもう一度笑った。
 眉の下がった、ちょっと困ったような笑顔。
 ――しかたないわね。
 わたしはそう思った。だってハワードは素直に謝ったりなんてできないんだもの。しかたがないわ。
 ハワードを追っていったベルの背中に向かって、わたしも肩をすくめて笑った。

 

 大人になってもハワードは目立つ。容姿や身振りがどうというよりも、ついた職業がとにかく目立つ。子供の頃からよく見ていた顔が、テレビで見られるなんて、しかも大スターと呼ばれるようになっているなんて、とっても不思議。
 その目立つ彼の席をどこにするのか、わたしはちょっと迷っていた。もちろん、ルナ達と同じ友人席に座ってもらうつもりなんだけど、誰の隣にすればいいのかしら。
 作りかけの席次表を見直して、わたしはそれが自分の作ったものと少し違っていることに気がついた。ハワードがケンカを始めたりしないように、離しておいた人と隣り合わせになっていたから。
 首を傾げていると、ベルが後ろからのぞき込んで声をかけてきた。
「ああ、それ、俺がやったんだ」
 振り向くと、ベルはちょっと困ったようないつもの顔で笑っていた。
「やっぱり忙しくてなかなか会えないみたいだし。……おせっかいかな」
 ――しかたないわね。
 わたしはそう思った。やっぱりけんかは始まってしまうかもしれないけれど、しかたがないわ。
 おせっかいかなというベルの言葉に対するわたしの返事は、ほほへの軽いキスだった。

終わり

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