その時ルナがあげた叫びは悲痛なものだった。
「家賃が引き落とされてる!」
そしてそれはこう続いた。
「奨学金が入ってない!!!」
ルナの顔色は、青ざめるを通り越して、もはや蒼白であった。
サヴァイヴから帰還したルナ達はそれぞれ元の生活に戻っていた。家族の元に戻った仲間と別れ、ルナはまたチャコと二人、苦学生として自力で生計を立てなければならない。
それでルナは手始めに預金の残高を確認し、冒頭の叫びを上げることになったのだった。行方不明となった間の家賃が引き落とされ、それなのに奨学金は入らなかったため、それはそれは詫びしい額となっていた残高を目の当たりにして。
考えてみれば当たり前なのかもしれない。
行方不明になっているといっても、この部屋を専有していることに変わりはない。大家さんが別の人に貸すことが出来ない以上、ルナからその家賃を取るのは当然だ。むしろ、行方不明をいいことに勝手に解約されなかったことに安堵すべきなのだろう。
一方で奨学金の方は、行方不明となっている間学校で勉強していないのだから、もらう資格がないということになる。振り込まれないからといって文句を言える立場ではないのだろう。
だがしかし、冷静に現状を分析できたからといって、それで助かるわけでも納得できるわけでもない。腹が減っては戦は出来ぬのだ。お金がなければ何もできない。とりあえず今夜のご飯をどうしよう。
切実な現実を前に頭を抱えているルナを、チャコが呼びにきた。
「ルナー、ハワードから電話やでー」
「ハワードから?」
いったい何の用だろう。
チャコに答えた声は弱々しかったが、ルナはハワードからの電話に出た。ちなみにこの時代、電話といっても音声だけではなく映像も送れる。ハワードは電話に出たルナを見て、開口一番こう言った。
「どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」
「……なんでもないわ。大丈夫よ」
対照的につやつやと血色の良いハワードに向かって、ルナは力なく答えた。
ハワードのことだ。帰って早々いいものを食べているのだろう。生まれてから今まで、明日のパンの心配をしたことなど、きっとないのであろう友人が、今は無性に恨めしい。「パンがないならお菓子を食べればいいのに」なんてセリフが似合ってしまうこの友人が、今は無性に憎らしい。
が、ここでハワードに当たるのは完全に八つ当たりだ。
かろうじてそう思うだけの理性が残っていたルナは、なんとか笑顔らしきものを作って口を開いた。
「で、どうしたの? 私に電話だなんて。何かあった?」
「ああ、そうそう。ルナに伝えなくちゃいけないことがあったんだ」
「私に?」
首をかしげたルナは、続いたハワードの言葉に顔を輝かせた。
「お前に出ていたうちの奨学金、行方不明の間の分止まっていたらしいんだけど、ちゃんと払うってさ。明日には振り込まれていると思うぜ。学校で会ったときに言ってもよかったんだけどさ、パパが早く連絡しろって言うから電話したんだ。ぼくが世話になったお礼も兼ねてるんだってさ。まあお礼が必要なほど世話になった覚えはないし、むしろぼくのおかげで助かったことも多いんだからお礼なんて大げさすぎるとは思うんだけど、まあそこはお互い様といえないこともないということで……」
ハワードの語りはとうとうとどこまでも続きそうだったが、ルナはもう黙って聞いていられなかった。勢いよく跳び上がり、両手を天井に向かって突き上げる。
「ありがとーハワード! もう大好き! 愛してるー!!!」
「はぁ?」
ハワードの眉を上げさせたルナの叫びは喜色にあふれていた。
後にも先にもあれほど気持ちのこもったありがとうと愛しているを言ったことはない。
というのは、後年のルナの述懐だが、それを聞いたとある青年がとてつもなく奇妙な表情を浮かべたとか浮かべなかったとか。