微笑みでプロローグ

 コンピュータの画面に検索結果が映し出され、それを見たルナが頭を抱えて机の上に突っ伏した。
「やっぱり、どこも高いなあ……」
 ルナが調べていたのは高校と大学の情報だった。ルナには幼い頃からの夢がある。亡くなった父と同じ惑星開拓の技師になるという大切な夢が。その夢をかなえるために必要なことが学べるところを探そうと、最近のルナは時間の許す限りコンピュータの前に座っていた。
「現実は厳しいなあ」
 画面をスクロールさせて一つ一つ検索結果を確かめながら、ぽろりとそんな言葉がこぼれた。落ち込んでもめげてもいないが、自然とそんな言葉が出てきてしまう。
 ルナは現在中学一年生。いくら将来の希望がはっきりしているといっても、それほど急いで進学する学校を決めなければならない学年ではない。しかしルナには年齢とは別の所で早く探さなければならない理由があった。
 一言で表現するなら、お金の問題だ。
 惑星開拓技師に限らず、専門職を身につける為の学校というのは総じて授業料が高い。その上実験や実習に必要な経費を別に払わなければならないのが普通だ。両親が遺してくれた財産はもちろんあるが、勉強以外の生活にも当然お金がかかることを考えると、それだけでは足りない。公的な援助にしても無限のものではない。
 今後夢の前にたちはだかってくることが、嫌みなまでに確実な金銭問題をどうにかするための準備を整えるのに、ルナにとって早すぎるということはない。
 何かいい手はないものだろうか。
 うなりながら画面を切り替えていったルナの目がある情報のところで止まった。
「これだー!」
 明るく叫ぶと、ルナはジュースを飲みながらくつろいでいたチャコに向かって手招きをした。
「チャコ、これ見てよ」
「なんやねん、いきなり」
 ルナのあまりにうかれた口ぶりに、チャコはストローを口からはずして顔をしかめた。そしてルナの指さす画面をのぞき込む。
「ね、いいと思わない?」
 そこには、とある企業が主催する奨学生の募集要項が記されていた。
「これ、すごく条件がいいの。奨学金の支給額は多いし、支給期間も長いわ。希望するなら大学院まで出してくれるんだって」
 ルナの説明を聞きながらチャコも画面でその詳細を追っていく。
「それにソリア学園っていえば名門だし、高校と大学には惑星開拓に関する専門のコースがあるわ。その上住居の提供とか生活面でのフォロー万全なんだって。ね、もうこれは受けるしかないわよね!」
 勢い込むルナとは対照的に、チャコは眉を寄せて厳しい表情を見せた。
「うちはあまり薦めへんな」
「え? どうして?」
「この奨学金の主催者知っとるか?」
「ハワード財団、って書いてあるわね」
 画面を見直してルナが確認すると、チャコは渋い表情を崩さずに続けた。
「ハワード財団と言えば銀河中で手広く商売やっとる星間企業やで? そこが募集する奨学生となると、応募も銀河中からあるやろ。競争率はむちゃくちゃ高なるやろな」
「やりがいあって、いいじゃない」
 何で駄目なのか、きょとんとしてルナが問うと、チャコはそれだけやないと首を振った。
「こういう企業が募集する奨学生ってのは、要するに広告塔ちゅうこっちゃ」
「広告塔?」
 オウム返しにルナが言うと、チャコは重々しくうなずいた。
「せや。うちの企業はこんなに社会貢献してますよーって宣伝するためのもんなんや。そやから奨学生は優秀やないとあかんねん。宣伝にならな意味ないからな。博士号とか特許とか、何とかコンクール優勝とか、なんかしらの実績残さなあかん。奨学生に選ばれるのも大変やけど、奨学生であり続けるのはもっと大変や。よう見てみ。『途中で奨学生の資格を失った場合は全額実費で返還』ってなってるやろ?」
 チャコの示した場所には確かにそう記してあった。
「な? 下手したら奨学金もらわんと学校行くより、高うつくねんで?」
 どうや? と大きな目で自分を見上げてくるチャコに、ルナは思いっきり笑ってみせた。
「だから、やりがいあって、いいじゃない」
 夢を夢で終わらせるつもりはルナにはない。惑星開拓技師になるというのは、単なる憧れではなく、ルナのこの先の人生の確かな予定として決まっていることだ。
 実績を残さなければならない。
 上等だ。誰の目にも明らかな実績を残してやろうではないか。
「どうせなら、今までで一番目立つ広告塔になってやろうじゃないの」
 腕まくりをしたルナに、チャコはにやりと笑って手をたたいた。
「よう言うた! それでこそルナや! そうと決まればすぐに応募や。そんで勉強や!」
「おーう!」
 両手を天に突き上げて二人で決意表明をする。せっかく見つけた夢へと続く道、誰かにゆずるつもりはない。
 早速応募手続きの詳細を確認しながら、ルナはまだ見ぬ学舎に思いをはせた。

 ソリア学園か。どうせなら、楽しいところだといいな。

 それはまだ冒険へと続く扉の前。

終わり

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