涙の理由

 宇宙を飛び回る職業についている上に、けっこうまめな性格をしているカオルは、仲間達に会う機会が多い。ゆえに郵便配達を請け負うことも多く、今回の荷物はシャアラからルナ宛のものだった。
 宇宙船の発着ポートで出迎えを受け、地球に来たときのいつものコースである職員食堂へと移動し、いつものように三人でテーブルにつく。そうして注文したコーヒーとジュースを待ちながら、カオルは預かった分厚い包みを取り出し、ルナに両手で差し出した。
 別にそこまで丁重に扱わなくても壊れたりはしない中身なのだが、さすがの彼でも片手では支えきれないほど、荷物が重かったのだ。
 その厚さに目を丸くしながら包装をはがすと、ルナは出てきた物に明るい声をあげた。
「へえ、結婚式の写真、もう出来たんだ」
 言いながらその手はもうページをめくっている。
 先日、三人はそれぞれシャアラの招待を受け、彼女の結婚式に出席したばかりだった。彼女のお相手は意外なようなその人しかいないようなそんな人だったのだが、二人して輝く笑顔をカメラに向けた姿が、めくってもめくっても続く。
「ずいぶんたくさんあるわねえ」
「ほんまやな。同じような写真もようさんあるやないか」
 アルバムの厚さと収録されている写真の多さに、ルナもチャコも多少あきれ気味の感想をもらす。
「最初はメールで送るつもりだったらしいが、この量だろう? さすがにそれはやめたと言っていた」
 アルバムを託されたときのことを思い出してカオルは苦笑した。
 だって、どれもはずせなかったんだもの。ルナには全部見てもらいたいわ。
 新婚ほやほや幸せ一杯の若奥様に力説されて、腕にずしりと重いアルバムを受け取ってきたのだ。
 この時代、記憶媒体はそれこそ色々あり、例えば爪の先ほどのチップがあればこの程度の写真は全て収まってしまうのだが、やはり手に取ったり飾ったりする感覚が惜しまれ、紙にプリントされた写真もそれを収めるアルバムもまだ盛んに利用されていた。結婚式の写真ともなれば、一生の記念だ。やはり画面でカシャカシャ切り替えていくよりも、一枚一枚アルバムのページをめくる方が感慨もわく。手軽さよりもそちらを優先した結果がこの分厚いアルバムなのだろう。シャアラのこと、レイアウトや装飾にもずいぶん凝ったようだ。
 ただ、仲間全員分受け取ることになったカオルの荷物はとんでもないことになった。あの時の自分はずいぶんと情けない顔をしていたのではないだろうか。
 まあ、ただ、だしな。
 運ばれてきたコーヒーの香りを楽しみながら、カオルはもう一度苦笑した。
 惑星間輸送はそれなりに費用がかかる。分厚いと言ってもたかがアルバム、一つくらいならたいしたことはないのだが、各地に散らばる仲間にそれぞれ送ればそれなりのお金が必要になる。売れっ子作家の彼女ならそれほどの負担でもないだろうに、ちゃっかりしているというべきか、しっかりしているというべきか。さすがは主婦ということになるのだろうか。
「やっぱりシャアラきれいねえ」
 半分ほどアルバムのページを進めてルナがため息をついた。
 当日は繰り返されるお色直しに驚いたものだったが、こうして見ると、どれもシャアラによく似合っている。きっとアルバムからはずす写真を選べなかったように、どのドレスも捨てがたくて、結局全部着ることにしたのだろう。
「ルナも、結婚式したくなったんとちゃうか?」
 ジュースをすすりながらチャコが適齢期の女性に微妙な質問をなげかける。
 しかしルナは気にした風もなく、あははと軽く笑った。
「私はまだまだいいわよー。仕事も忙しいしね」
 ドレスは着てみたい気もするけど、とそんなルナの言葉に、チャコはなぜかカオルに意味ありげな視線を向ける。
 それに気づかないふりでコーヒーを口に運んだカオルだったが、次の瞬間にはそれを吹き出すはめになった。
「カオルは結婚しないの?」
 ルナが無邪気にカオルに話をふったからだ。
 ごほっと音をたててむせる。幸い口にしたコーヒーはまだそんなに多くはなかったので、辺りを汚さずにすんだのだが、気管に入ったそれがカオルの呼吸を乱す。ごほごほと咳が止まらない。
「だ、大丈夫? カオル」
 慌てて腰を浮かしたルナに手をあげて、切れ切れに大丈夫だと言ってみせる。
「お、オレの仕事は家を空ける時間が長いからな。オレも、まだ当分はいい」
 まだぜいぜいとのどを鳴らしながら、ようやくそれだけ答える。
「そうね、カオルも忙しいもんね」
 カオルの呼吸が落ち着いてきたことに安心して座り直すと、ルナは納得したようにうなずいた。
 ああと笑いながら、まだ少しせきこむカオルが涙目だったのは、むせたせいばかりではあるまい。
「不憫なやっちゃ」
 やれやれと肩をすくめたチャコのつぶやきはルナに届かなかった。

終わり

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