失った休日

 ある日のこと。
「もう、今日は一日休みにしようぜ」
 そうハワードが言い出した。
「毎日毎日食料集めに畑仕事に薪割りやら干物作りやら。たまにはのんびりしたっていいだろ?」
 朝食後のテーブルでいつものように今日の役割分担を決めようとしていたのだが、ハワードがNO! と言い出したのだ。
「どの仕事も必要なものだ。おろそかにするわけにはいかない」
 メノリが顔をしかめると、シンゴも横目であきれた視線をハワードに向ける。
「たまにはのんびりなんて言うけど、ハワードはいっつもさぼってのんびりしてるじゃないか」
「なにい!」
 鼻息荒く立ち上がったハワードだったが、続いて聞こえてきたルナの言葉に動きを止めた。
「それもいいわね」
 リーダーであるルナが味方につけば百人力だ。ハワードはたちまちシンゴに向いていた体勢を戻して満面の笑みを浮かべる。
「だろ? 今日は休みだ休み」
「しかし、ルナ」
 メノリがいさめるような声をあげたが、ルナはまあいいじゃないと笑ってうけながした。
「今は食料も余裕があるし、急いでしなければならない仕事もないし」
 ね、と首をかしげて同意を求めるルナに、今度はメノリも他のみんなも反対しなかった。疲れて休みたいと思っているのは、結局誰も同じであったのだ。
「でもさ、せっかく休みにするなら、みんなで何かしたいよね」
 今日の休みが決定するとシンゴが弾んだ声でそんな提案をした。
「何かって?」
 シンゴの隣に座っていたシャアラが尋ねる。
「何でもいいんだけど、みんなでできるゲームか何か。せっかく休みなんだから、仕事じゃなくて、遊びをしようよ」
「それはいいかもしれないね」
 ベルが控えめに賛成すると、シャアラとルナもうなずいた。メノリもさっきから無言のカオルも反対しようとはしない。ここに来てから働いてばかりの毎日で、疲れているのと同じくらいみんな娯楽に飢えていた。
「みんなでするってゆうたら、何や、スポーツか?」
「そうだね、何がいいだろう」
「何でもいいけど、バスケだけは嫌だからな」
 チャコとシンゴの会話にハワードが割り込んだ。テーブルにひじをついてふくれっつらで注文をつける。シンゴはきょとんとして理由を訊いた。
「何で?」
 ハワードはふくれっつらのまま、席の離れているカオルを見やった。
「カオルは反則するに決まってるからな」
 カオルが? とみなの視線がカオルに集中する。カオルは特にそれを気にした風もなく、ハワードの方を見ないまま口を開いた。
「審判にばれなきゃいいんだろ?」
 落ち着いたカオルの言葉が届くと、ハワードは立ち上がってカオルの方に身をのりだした。
「お前があのとき邪魔しなければ、ルナのシュートを止められたんだ!」
「ハワードだって、ジャンプボールのとき私の足を踏んだじゃない」
 ずいぶん前のことを持ち出して憤慨するハワードに、ルナがおおいにあきれて口をはさむが、ハワードは悪びれる様子もなくカオルを指さしてさらに言った。
「あれはちゃんとした技術のうちだ! こいつは僕を蹴り飛ばしたんだぞ!」
 そうしてハワードはさらに非難を続けようとしたが、向かいの席から漂ってくるただならぬ気配を感じてその口が閉じた。
「お前達……」
 顔は伏せられているので表情がわからないのだが、彼女が怒っているのだということはいつもより一際低いその声からよくわかった。ハワードは思わず身をすくませて一歩下がる。 
「私が審判を務めた試合でそんなことをしていたのか」
 がたんと音をたててメノリが立ち上がった。その身から立ち上る怒りのオーラにハワードはさらに二歩さがった。
「お前達の休暇はとりあげだ! みんなの夕食用に魚を釣ってこい!!!」
 静かな湖畔にメノリの張りのある声が響き渡った。


 メノリは美人だ。いつもいつも色々腹の立つことばかり言う奴だが、それは認める。
 そして美人を怒らせると怖いのだと言うことを、今ハワードは釣り糸をたれながらしみじみ噛みしめていた。
 普段から厳しい物言いの多いメノリだが、本当に怒ったときの迫力は普段の比ではなかった。
 だいたい冷静になってみれば、この状況はどう考えてもおかしい。なんで体育の授業で反則をしたからといって、せっかくの休みをとりあげられなければならないのだ。しかし、あまりの迫力におされて何も言えなかったのだ。ああ本当に美人は怒らせるものではない。そう、カオルですら逆わらずに釣り竿を受け取ったのだから。
 ぴくりともしない浮きにため息をついて、ハワードは隣にいるはずのカオルに視線を向けた。
 いない。
 あわてて腰を浮かして振り返ると、魚四匹を手に遠ざかる黒い背中が目に入った。
「お、おい! 待てよ!」
 大声で呼び止めると、カオルは足を止めて振り返った。
「何だ」
「何だじゃない! 何一人だけ帰ろうとしてるんだよ!」
 地団駄を踏んで抗議をするが、カオルは涼しい顔で答えた。
「全部で七匹釣ればいいんだ。俺が四匹、お前が三匹。妥当だろう」
 そうしてきびすを返してみんなの家に歩き出す。今度はハワードがどれだけ声を張り上げても振り返ろうとはしなかった。
「待てよ! 残りの魚も釣っていけよ!」
 カオルがあのとき逆らわなかったのは、メノリの迫力に圧されたからではなく、単に逆らうより魚を釣る方が面倒がないと思ったからなのかもしれない。
 輝く水辺にハワードの悲痛な叫びが響き渡った。

終わり

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