それは6月の

 あれは確か6月のことだった。

 たまたま通りがかった教会で、突然鐘の音が鳴り響き、大きく開いた扉から真っ白な衣装に身を包んだ二人が出てきた。腕を組んだ二人は、周りの人に紙吹雪と花びらをかけてもらいながら、幸せそうな笑みと共に、赤い絨毯の敷かれた教会の階段を下りてきた。
 梅雨の合間の見事に晴れた日だった。曇り空を見慣れた目にその日の日差しは眩しかったが、その二人の笑顔と白い衣装はそれにも増して明るかった。
「ねえねえ、ヒカル。あれは何ですか?」
 千年もこの世にあるくせに、何か面白いものを見つけるたびに子供のようにはしゃいでいた友人は、そのときも目を輝かせてヒカルにそう尋ねたのだ。
「結婚式でもやってるんだろ?」
 自分はかなり面倒くさげに答えたはずだ。小学生の自分にとって、教会の結婚式は少しも興味を引かれるものではなかった。
「けっこんしき、ですか?」
「お前だって結婚くらいわかるんだろ?」
 結婚がわかっていなかったのは自分だって同じ、いやむしろ自分の方がわかってなかったというのに、ずいぶんと偉そうな口をきいたものだ。今思い出すと苦笑がこぼれる。
「わかりますよ。でも、昔はこんなものはありませんでした。今では結婚するときにこんなことをするんですねえ」
「みんながみんなするわけじゃないぜ」
「そうなんですか?」
 きょとんとして尋ねてきた友人に、自分はさらに偉そうに解説をした。
「ああいうのは、やってもやらなくてもいいんだ。それに、やり方だって色々あるんだ」
「あれとは別のやり方もあるんですか。それはどういうものなんですか?」
「え? そりゃあ……」
 知ったかぶりはしないに限る。人に説明ができるほどの知識など、全く持ち合わせがなかった。
 けれど、素直に知らないと言うことはできなかった。あの時の自分は、彼のことをまるで弟のように扱っていたからだ。いや、子分という響きの方が近いだろうか。どちらにせよ、彼よりも自分の方が上なのだと、勝手な思いこみをしていたのだ。
 弟の前では格好をつけたかった自分は、あの時も聞きかじりの知識を総動員して答えたのだ。知らないとは言わずに。
「ああいった白いドレスじゃなくて、着物を着たりする人もいるんだよ」
「そうなんですか」
 人の良い友人はそんなつたない説明でも、感心したようにうなずいてくれた。だから自分は知っている限りの知識を披露したくなり、聞かれていないことまで言った。
「今は6月だからな。6月のはなよめは、えーとじゅーんぶらいどっていって、えーと、その、とにかく、結婚するのにいいんだってよ」
 6月の花嫁さんはね、ジューンブライドっていって、幸せになれるんだって。
 そんな風に教えてくれた幼なじみの言葉の受け売りだ。
「じゅーんぶらいど?」
 首を傾げた友人が、さらに質問をしてくる前に、この話題を打ち切ろうと思った。それで受け売りの元をくれた幼なじみを引き合いに出した。
「あかりとか女はさ、そういうの好きで色々考えるらしいぜ。オレはどうでもいいけどな」
 だからもう結婚式の話はしない!
 そう主張したつもりだったのだが、通じなかった。
 教会の前でまだ祝福を受けている新郎と新婦を眺めながら、彼は目を細めて結婚式の話を続けた。
「あかりちゃんがああいう服を着たら、似合うでしょうねえ」
「はあ!? あかりが!?」
 先にあかりの名前を出したのは自分の方だったのだが、結婚式と彼女の名前が結びついたことに、あの時は随分驚いた。反射的に応じた自分の声は、そのためにそれまでにも増して尖ったものとなった。
 けれど、いつだってそうだったように、彼はやはり怒ったりしなかった。自分の説明が幼なじみの受け売りだということも、見抜いていたのかもしれない。話をすすめた彼の口調は穏やかで、とても優しいものだった。今思い出すと泣きたくなるほどに。
「ええ、あかりちゃんが、いつか、そのじゅーんぶらいどになったらね。そう思いませんか?」
「思わねー」
 柔らかに笑った友人への回答を最小限で切り上げて、教会から遠ざかろうと思い切り足を速めた。興味のない結婚式について延々話をさせられ、充分うんざりしていたのに、幼なじみのそんな話にまでつきあっていられない、と思ったのだ。
「似合うと思いますけど。見てみたいですよ」
「置いていくぞ!」
 それなのになおもそんなことを言い続ける友人を自分は乱暴に呼びつけ、それ以降は結婚式について何を尋ねられようと答えなかった。

 あれは確か6月のことだった。


 教会に厳かなオルガンの音が響いた。
 音と共に入り口の扉が開き、外の光と一緒に、白いドレス姿の女性が父親に手をとられて入ってくる。
 教会の中は式のために照明が落とされている。薄暗い祭壇の前で、ヒカルはそのまぶしさに目を細め、歩いてくる二人を待った。
 二人が自分の目の前に来るまでの間、ヒカルは目を細めたまま今はいない友人に語りかけた。

 お前の言ったとおり、すっげー似合ってて、すっげー可愛いのに、見られなくて残念だったな。
 けどな、勝手に行っちまうから悪いんだぜ?
 なあ、佐為。

 これもまた、6月のことだった。

≪幼馴染に5つのお題〜質問編〜≫05 もう一度訊ねます。あなたにとって、あのひとって?
お題はこちらからお借りしました→* 蒼月理求 お題サイド *

終わり

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