効果あり

「だめだよ。学校になんてつけていけないよ」
「いいじゃん。それくらい」
「だめだって。校則違反なんだから。とりあげられちゃうよ」
 …校則なんてどうでもいいと言いたかったけれど、オレよりずっと真面目なのはよくわかっていたから、もうそれ以上は言わないことにした。
 ヒカルからもらったもの、とりあげられたらやだし。なんて言われたらもうしょうがない。
 で、しょうがないから直接行動することにしたんだ。

 ヒカルにはあんなふうに言ったけれど、やっぱりいつも持っていたかったから、結局持ってきてしまった。さすがに指にするわけにはいかないけれど、胸元で小さくゆれている鎖を通したそれは少し冷たくてくすぐったい。
 鎖が制服の襟から見えないだろうかと、つい気になってしょっちゅう鏡をのぞいたり、襟を直したりしていたから、友達に不審がられてしまった。明日からはもうちょっと自然に振る舞わないと、先生にも何か言われてしまうかもしれない。
  明日はもっと気をつけよう。そう思いながら昇降口で靴を履き替えていると、クラスメートに声をかけられた。
「ねえ、あかり。今日ちょっとつきあってよ。買いたい物があるんだ」
 今日の予定と明日の時間割を思い浮かべてうなずく。
「いいよ。どこに行くの」
 校門にむかって並んであるきながらこの後の寄り道の道順を相談していると、つと制服の袖を引っ張られた。
「?」
 表情だけで問いかけると、校門を指さしながら、なぜか小さな声でこそっと、
「ねえ、あの人誰、待ってるんだろ」
 指差す先をたどると、校門によりかかかった黄色いメッシュの入った頭が目に入った。
「誰かの彼かなあ」
 興味津々というその声が耳に入るその直前に、私はその人の名を呼んでしまった。
 それもかなり大きな声で。
「ヒカル!」
 呼ばれたヒカルはこっちをむいて手を上げた。
「よう、あかり」
 さすがに校門の中まで入ってきたらまずいとは思っているらしく、そこから動こうとはしない。私は隣の驚いた顔には気付いていたけれど、小走りで校門へ急ぐ。
「どうしたの。何も言ってなかったよね」
 もしかして、携帯にメールくれていたのだろうか。そう思って鞄からとりだした携帯にはメール受信の表示も着信有りの表示もやっぱりなくて、私は首をかしげてヒカルの顔を見上げる。
 ヒカルはTシャツの上に綿のシャツをはおった普段の格好だったから、多分仕事というわけではないのだろうけど、でも休みだなんて言ってなかったと思うのに。
 不審がる私の顔がおもしろかったのか、ヒカルは笑って小さく肩をすくめた。
「今日、休みとれたからさ、あかりどうしてるかと思って、ちょっとな」
 そして、おじぎをするように少し頭を下げて私と視線を合わせた。
「お前、この後、暇?」
 暇だよって言いたかったけれど、ついさっき出来た約束を思い出して、私は口ごもった。そして、すっかり忘れてしまっていたその約束の相手を探そうと振り返ると、ニヤニヤという表現がぴったりくる笑顔が目に入った。
「暇だよね、あかり。さっきそう言ってたもんね」
「え?」
 思いがけない言葉に目を丸くしている私をよそに、ヒカルにむかって続ける。
「あかり、この後なんにもなくてつまんないってさっき言ってたから、心配ないですよ」
 そして、私の肩をポンと叩いた。
「色々聞かせてくれるのは明日でイイからね」
「え、でも」
 ヒカルには聞こえないように小さくそう言うと、展開についていけずに口をぱくぱくする私置いて、ひらひらと手を振りながら校門を出て行く。
「きっと明日には泣く奴たくさんでるよー」
 そんなことを言いながら楽しげな足どりで遠ざかる背中を、半ば呆然と見送る私を見下ろしてヒカルがにっと笑った。
 この顔は知っている。昔からいたずらなんかがうまくいったときに見せる、顔だ。
 でも、何がうまくいったんだろう。
 そんなことを考えた私の手をとってヒカルが歩き出した。
「じゃ、行くか」
「ちょ、ちょっとヒカル」
 下校時、校門の中にも外にも同じ制服があふれている。その中を手をひかれて歩くのは恥ずかしくて恥ずかしくて、私は顔が真っ赤になってしまった。

 指輪をしてくれたら、きっとそれで充分効果あるんだろうと思ったんだけど、しないって言うから自分で来ることにした。
 あかりの友達の言葉で、それがちゃんと成功したことを確信して、オレはけっこうご機嫌だった。やっぱ直接見せる方が効果あるよな。
 
 男よけには。

終わり

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