それを知る人
「譲くん、お買い物につきあってくれないかな」 望美からの依頼に、譲は一も二もなくうなずいた。デートの相手というより荷物持ちとして選ばれたのかもしれないが、譲はその役目だって喜んで引き受けるつもりだった。 「何を買うんですか?」 意外な返事に譲は首をかしげた。 「ほら、そろそろ就職活動しなくちゃいけないから、口紅とかちゃんと揃えようかなって」 何気ない様子で返事をしながら、譲の心は少し沈んだ。 「それで、どうして俺を誘ってくれたんですか?」 沈みそうな気分を振り払うように、譲はとりあえず話題を変えた。もっと他に適当なことを言えばよかったのかもしれないが、物思いにとらわれそうになった譲にはとっさには何も思いつくことができず、先ほどの疑問をそのままぶつける形になってしまった。しかし特に不自然な流れにはならなかったので、譲は密かに胸をなで下ろした。 「就職活動って、面接があるじゃない?」 譲は再び首をかしげた。 「だから譲くんに選んでもらおうかなって」 化粧品のことなど自分にはわからないのにと、三度首をかしげた譲の前で望美は華やかに笑い、譲の疑問に対する明確な回答を述べた。
「うん。私に似合う色をね。だって私のことを一番よく知っているのは譲くんでしょう?」
そしてその日、それはそれは幸せそうな様子で口紅を選ぶカップルが、とある店の化粧品売り場にいたらしい。 |