二人のことはよく知っているつもりだった。
同じ年の幼なじみはぬけているくせに頑固で言い出したら聞かないってことも、一つ下の弟の譲が温和と見られがちな外見の割に相当激情家だってことも、何が好きで何が嫌いで、どうすれば笑って何をすれば怒って、そんなことは全部わかっているつもりだった。
異世界に飛ばされて三年半。ようやく再会できた二人は別れた時から何も変わっていないように見えた。実際、ここに来てからそれほど時間は経っていないという。
幼なじみのあいつは龍神の神子で俺と譲は八葉だとかで、何やら大所帯のあいつらにしばらく同行することになったんだが、その間目にした様子も昔と同じようなものだった。
俺はここで色々あったが、あいつらは変わらない。それは嬉しくもあり、また、そのことで安心することもできた。
熊野で那智の滝を前に感心してはしゃぐあいつらの姿も、まあ見なれたものだった。
あいつを甘やかしすぎだという俺の言葉に譲が過剰に反応したのも、幼い頃の旅行の話をあいつがあんまりよく覚えていないようなのも、そう意外なことじゃなかった。
懐かしく心地よい空気に俺の気分も浮かれていたんだろう。そのまま思い出話に花を咲かせて終わればよかったものを、つい調子に乗ってあいつらをからかうようなことを口にしてしまった。
「また滝壷に落ちてみるか?」
すぐに反応したのはやはり譲だった。
「兄さんっ! 何を言い出すんだ。春日先輩、こんな兄さんは放って、安全なほうへ行きましょう」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、譲一人が足早に下へと降りていく。俺を見ようともしないその背中も予想の範囲内というか見なれたもので、俺は驚くことなくただ肩をすくめた。
けれど。
「待って、譲くん! 私も行くよ」
隣であがったあいつの声に、さっきすくめたばかりの俺の肩が軽くはねた。
先に行った譲を追いかけて坂を駆け下りていくあいつの背中に、俺は驚いていた。口を開けて突っ立ったまま呆然と見送る。
二人の姿が見えなくなると、ふと笑いがわきあがってきた。
まさに愕然としていた自分に気づいて、おかしくなってきたからだ。
『将臣くん、どうしようか?』
そう言ってあいつが俺を見上げてくる。そんな光景を無意識に待ちうけていた自分に自分で気づいて、俺はどうしようもなくおかしかった。
何もかもわかっているのだと、あいつらは何も変わっていないのだと。
そんなことは俺の一方的な思い込みだったらしい。
まあ、それも当然なのかもしれない。俺に比べれば短いとはいえ、こんなところに飛ばされて、しかも龍神の神子だの八葉だのといった立場について、過ごしてきたのだ。二人で。
俺の知らない二人の時間。
多少昔とは違う二人になっていても、おかしくはないのだろう。
に、しても譲のやつ。
二人を追いかけて歩き出しながら、また笑いがこみあげてきた。
下へと降りていく譲の足は速かった。あいつが追いつけずに小走りになって、それでも追いつけないほどに。
やたらと早足になるのは一人で歩く時の譲のくせだ。それが出ていたということは、誰かが追いかけてくるとは譲も思っていなかったってことだ。
あいつが譲を追いかけるなんてこと、予想していなかったのは譲の方も同じらしい。
まだまだだな。
口の中だけで譲に向かっての言葉をはく。
二人が昔と違うといっても、まだ変わりきってはいないようだ。
それなら。
「お、滝の下流ってこんな風になってんのか」
先に行った二人に合流した俺は、
「お前ら、全然かわんねぇな ガキの頃のまんま」
と、言った。
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