「ねえ、ジェット。私のこと好きって言ってみて?」
ヴァージニアの行動がジェットの予測を超えるというよりむしろ予測不可能なものであるというのは、いっそ当たり前なのであって、これまでもそれでジェットは心臓に悪い思いを散々させられてきたのだが、今回もとびっきりだった。
ただ二人で歩いていただけなのだ。用事を済ませて二人の暮らす家へと戻るただそれだけの道行きだったのだ。
会話というよりヴァージニアが一人であれこれしゃべって(それも通常の風景だ)、自分は返事をしたりしなかったりでそれでも一応聞いているという態度だけは示して、そうしてただ歩いていただけなのだ。
それなのに、そんな一方的な会話の継ぎ目にふと出てきた言葉が、どうしてこんなものになるのだろうか。
「ね、言ってみて?」
繰り返すヴァージニアの口調はごく何気ないものだった。表情も別にジェットをからかうようなものではない。軽く小首を傾げて、明日の天気でも問うかのようなごくごくごく普通の顔。
だが、かえってその方がタチが悪いというものだ。大きな瞳でいっそ無邪気とでも表現できそうな様子でジェットを見上げてくるその顔がどうにも憎らしい。
自分がどんな顔をしているのか認識するのもされるのも耐え難く、ジェットはそっぽを向いて短く返した。
「言えるか!」
たたき付けるような拒絶は、やはり彼女の反発をかったらしく、不満げに頬をふくらませる気配が感じられた。
「なんでよー」
「なんでもだ!」
「いーじゃない。私達そういう関係でしょ?」
とんでもない言葉にぎょっとする。
「どういう関係だ!」
思わず顔を戻して反論してしまった。自分の声がずいぶんと裏返っていたことに舌打ちをしたい気分だったが、ヴァージニアの表情が変わったのを見てジェットはそれどころではなくなってしまった。
「なによ」
いきなり沈んだ口調にさらにぎょっとする。さっきまで明るかった瞳の輝きが一気に弱くなり、聞こえてきた声に震えを感じて、ジェットの身体が後ろに下がる。
「違うの? ジェットは私のことどうでもいいって思ってるの?」
なおも続く追求にジェットは進退窮まった。違うとそうじゃないとここはちゃんと否定すべきなのだろう。けれどこんな状況でうまい言葉が吐けるくらいなら、そもそもこんな事態を招いたりはしないのだ。
がりがりと片手で銀の髪をかきむしって、出てきそうになる舌打ちをこらえる。
何かを言わなくてはと焦る心とは裏腹に、口は意味のない動きだけを繰り返す。
そうして立ち往生していたジェットの眉が跳ね上がった。
ヴァージニアが吹き出したからだ。
口元に軽く握った手を当てて、ふるふると肩を震わせているヴァージニアを、ジェットは頬をひきつらせて見下ろした。怒鳴りつけなかったのは腹が立たなかったからではない。ジェットがそうするより早くヴァージニアがごめんと、笑いの混じったものではあったが、謝罪の言葉を口にしたからだ。
「ごめん。困らせたかったわけじゃないんだけど」
肩の震えを止めようともしないでつむがれた謝罪では、ジェットの気分が良くなるはずもなかったのだが、ジェットは文句を言うことを差し控えた。これ以上話をややこしくするのは避けたかったからだ。しかめ面を解かなかったのがせめてもの抵抗だった。
ヴァージニアの方は勝手に不機嫌も不満も解消してしまったようだった。笑いが収まると何ごともなかったかのように家への歩みを再開させたので、ジェットは盛大にしかも荒々しくため息をついてその後を追った。
そしてその言葉が出てきたのも唐突だった。
「私が言えばいいのよね」
「はあ!?」
頼むからこれ以上ややこしいことを言い出してくれるなと半ば祈るような気分で、しかしそれでも反応してしまったジェットは、警戒するように一歩遅れた位置に身を引いた。
それに気づいたのかどうか、ヴァージニアは軽やかに振り向くと、全身で笑って言った。
「ジェットが言ってくれないならその分私が言えばいいのよね!」
言わなくていいともやめろとも、ジェットが制止するより早く、ヴァージニアはその言葉を口にしてしまった。
「大好きだよ、ジェット」
鼻歌交じりで一歩先を行く長い三つ編みを目で追いながら、ジェットは苦みのないため息をついた。