ある晴れた日に。
「リッドー。ほら起きて起きて」
リッドは『聞きなれた』なんて表現ではとうてい追いつかないほどよく知っている声に起こされた。
「なんだよファラ。今日は休みだ、休み」
ひきはがされそうになった布団を引き戻して、リッドは抗議の声をあげた。
ここのところ狩りの首尾は上々で、その収獲と交換して手に入れたものも含めて家にはたっぷりの蓄えがある。それで昨日の夕方に、沈む夕日が今日は晴れだと告げてきたときに、一日の休みを決めたのだ。
もちろんこんなぽかぽか陽気の一日をずっとベッドの上で過ごすつもりだったわけではない。しかしたまの休みに暖かい日差しの中、気の済むまで布団にくるまっていることくらい許されてもいいのではないか。
まるで亀のように布団の中に隠れてしまたリッドを、しかしファラはそのままにしておいてはくれなかった。
布団から一度手をはなすと、その両手を腰にあてリッドを見下ろす。
「知ってるよ。だからピクニックに誘いに来たの」
「なんで知ってるんだよ」
リッドは不機嫌いっぱいの声を出した。休みだと決めたのは昨日家に戻る道すがら。休みのことは誰にも告げた覚えはないのに。
「休みのこと? だってリッドここのところ狩りの調子良さそうだったし、今日とってもいい天気だし、いつもの時間に出てこなかったし」
事も無げにそう答えると、ファラは再びリッドの布団をはぎにかかった。
「せっかくこんなにいい天気なんだから、家で寝てるなんてもったいないよ。起きて起きて。お弁当も作ってきたんだから」
お弁当という言葉にリッドの耳がぴくりと動いた。今日はずっと寝ていて朝ご飯もまだだから腹も鳴りそうだ。
しかしリッドは起き上がろうとしなかった。安眠を妨害されて少々意固地になっていたのだ。
「ふーん、そうなんだ」
布団にくるまって動こうとしないリッドに業をにやしたのか、ファラはまた両手を腰にあてて仁王立ちになると、冷たい目でリッドを見下ろした。声の調子もいつもより低い。
「リッドは私のこと好きじゃないんだ」
「は?」
その調子のままつむがれた予想外の言葉にリッドの頭がはねあがった。
「せっかくのお休みだし、私はリッドと一緒に過ごしたいなーと思ってお弁当まで作ったのに」
それにこの前オムレツだって作ってあげたし部屋の掃除だって手伝ってあげたし、あれもしてあげたしこれもしてあげたしと続くファラの言葉の前にリッドは沈黙するしかない。それはどれもこれもまぎれもない事実だ。
「私はこーんなにリッドのこと愛しているのに、リッドには愛がないんだー」
そういうセリフはふつうもっと情感がこもるものなのではないだろうか。
それでは「リッドの食欲魔人ー」と言われているのと変わらない。
それでもリッドは、不承不承という様子ではあったが、布団から出るとベッドの上に体を起こした。
「で、どこに行くんだよ」
「―――――だけど?」
ファラの返事にリッドはバリバリと頭をかいていた手を止めた。聞き間違いかと思ったのだ。そこはリッドのお気に入りの『昼寝場所』であったから。
「いい天気だし、きっとお昼寝気持ちいいよ」
ファラがそう言うということは、聞き間違いではないらしい。しかもピクニックに出た先でリッドが昼寝をするのは許してくれるらしい。
けれど、それなら別にこのまま家で寝かしておいてくれてもいいんじゃないのか。
ほら起きた起きたと追いたてられ、顔を洗いに行きかけた足を止め、リッドは肩越しにふりかえりファラに声をかけた。
「なんでそこなんだよ。寝かしてくれるなら別に家でもいいだろ」
そんなにオレと一緒にいたかったのか? とリッドはそう続けるつもりだったのだが。
「だって、せっかくのいい天気なのに、お布団干さないともったいないじゃない」
ガン、と音をたてて壁に頭をぶつけるのはかろうじて避けた。しかし頭は痛い。
ギギと音をさせながら傾いだ体を戻す。もう少し色気のある言葉が返ってくるのを期待していたリッドは、痛む頭を指の先でかいた。
ファラの方は言葉と行動が同時だ。手早くベッドから布団をはがすと、さっさと外に行ってしまう。
期待したオレがばかなんだよなとファラの背中を見送り、肩をすくめてリッドは顔を洗いにむかう。
まあしかし、それでも。
今日は一日休み。ぽかぽかの日差し。ファラのお弁当。お気に入りの場所での昼寝。そしてその隣にはファラ。
顔を洗うリッドの口は幸せの形を結んでいた。
それはある晴れた日のこと。