花冠

 目に映る様子はずいぶんと変わってしまったけれど、それでもリッドは空を見るのが好きだった。
 見晴台の隣、草の上に寝転んでよく晴れた空を見上げる。どこまでも続く澄んだ青の中、ゆっくりと雲が流れていく。
 オルバース界面も、セイファートリングも、もう無い。セレスティアの大地ももう見えない。そんながらんとした空は、しかし、さびしいものではなかった。見えないけれど、その澄んだ青の向こうでは、あの旅で出会った優しくて強い人たちが今もがんばっていることを知っているからだろうか。幼い日を共に過ごした幼なじみと、空から降って来た新しい幼なじみが、幸せでいることを知っているからだろうか。

 髪をなでていく風が心地よい。顔の横で花がゆれている。ふわふわとただようような陽気に、眠気をさそわれる。こみあげてきた欠伸をためらわずに空にはなすと、寝転んだ頭の先のほうから、明るい声が降って来た。
「あー、リッドってばこんなとこでさぼってる」
「さぼってねえよ。今日の仕事はもう終わってるんだからな」
 声の持ち主は、確認するまでもない。リッドが勢いよく反動をつけて体を起こし、そのまま振り返らずに返事をすると、緑の髪をゆらしてオレンジ色のスカートがその隣に腰をおろした。
「わたしだってさぼりじゃないからね。今日の仕事は終わってるんだから」
 なぜか得意げに胸を張ってのファラの言葉に、リッドは小さく笑う。
「オレはなにも言ってないぞ」
「言いたそうな顔、してた」
 リッドのことなんてお見通しですよーとますます胸をはるファラに、リッドは、はいはいとうなずいてみせる。
 そうしてもう一度ごろんと寝転ぶ。隣から伝わってくる暖かさに、さきほどからの眠気が戻ってくる。そのまま目を閉じたリッドを、ファラは起こそうとはしなかった。

 そのまま、どのくらいそうしていたのか、リッドはふと髪に何かが触れたのを感じて目を開けた。何があるのかわからないままに体を起こすと、何かが肩を滑り落ちた。
「ああ、もう。せっかく作ったのに」
 あきれたようにそう言って、ファラが落ちたそれを拾い上げる気配がした。
 しばらく閉じていた目には今日の晴れた日ざしはまぶしくて、リッドは何度かまばたきを繰り返す。そしてようやく慣れてきた目でみると、ファラが花輪を手にこちらを軽くにらんでいた。
「あ?」
 寝起きの頭にはファラが何をしたいのかわからず、リッドの口からぼけた声がもれる。
「だから、せっかく作ったのに、落とさないでよ」
 いさめるような口調でそう言うと、ファラはまだぼうっとしているリッドの頭に、改めて花輪をのせた。
「うん、似合う似合う」
 ファラの弾んだ声に、リッドの頭もようやくはっきりしてきた。
「何やってんだよ…」
 寝起きの仏頂面の自分に、花輪はとてつもなく似合っていないと思うのだが。
 それでも楽しそうにファラが笑うから、リッドもそれをはずすわけにはいかず、花輪をのせたまま小さく肩をすくめた。

「ファラの花輪をもらうのも、久しぶりだな」
 もう一個作ろうかと、鼻歌まじりで手を動かすファラがほんとうに楽しそうだから、リッドの仏頂面も自然にほどけて、そんな言葉がするりと出てきた。
「昔はよく作ってたろ? ごほーびだって言ってよ」
 かけっこや木登りがうまくできたとき、ファラの願いをかなえてやったとき、よくできましたというお褒めの言葉と共に、頭に飾られた花輪。幼い頃のリッドには、食べることもできない花輪など、もらってもしょうがないつまらないものだった。それでも、花輪が頭にのせられるたびに、自分の鼻が得意げに上を向いていたことを、その日の食事がやけにうまかったことを、覚えている。
「そだね。たくさん作ったね」
 きっと、同じことを思い出しているのだろう。いや、花輪を作り出したときから、思い出していたのだろうか。ファラがふんわりと笑う。その笑顔が穏やかなことが、優しいことが、リッドはやけに嬉しかった。
「それじゃあ、これはなんのごほーびなんだ?」
 はしゃいだ気分に誘われて、リッドは頭にのったままの花輪を指でさした。いたずらっぽく口をゆがめてファラを見る。
 そんな突然のリッドの問いに、ファラは軽く目をみはり、あごに手をあてて考え込んだ。そしてうーんと一声うなったかと思うと、すぐに顔をあげて笑って答えた。
「リッドだから、のごほーび!」
 今度はリッドが目をみはる。ほんの少しいじわるのつもりで、あんなことを言ったのに、こんなすぐに答えが返ってくるとは思わなかった。しかも、意味がわからない。
「なんだって?」
 目を白黒させているリッドを、おかしそうに見返して、ファラはもう一度答えを繰り返した。
「だから、リッドが、リッドでいてくれることの、ごほーび」
 花輪を指差したままの形で固まっているリッドにくすくすと笑うと、ファラは手を伸ばしてリッドの頭から花輪をはずした。そしてすぐにそれを両手で丁寧につけなおし、顔中で笑って言った。

「いつも、そばにいてくれてありがとう」

 優しい風が吹き抜けていった。
 その風が、ただただ青く広がるだけの空の中、薄い雲を運んでいく。
 そんな、がらんとした空がさびしくないのは、優しく見えるのは、あの空の向こうで大切な人たちが幸せにしていると知っているから。
 セレスティアから見える空も、優しい色をしているに違いないと、リッドは腕の中のぬくもりにそう確信した。

終わり

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