最近は本当に日が暮れるのがはやいとしみじみ思う。そういえば、冬至を過ぎたばかりだっけと、美奈子は家路をたどる足を少し速めた。このままでは、家に着く前に暗くなってしまう。
実際、今日は夕焼けが見れそうだと思ったのはついさっきのことなのに、太陽はもう美奈子の目の届かないところにまで沈んでしまっている。校門を出てからほんの少しの間空から目を離しただけで、夕焼けを見そびれてしまった。
美しかったであろう夕焼けを思い、残念そうにやや口をとがらせて、美奈子は西の空を見やった。
これから訪れる夜が、すでに沈んだ太陽を追いかけるようにして、少しずつ空を染め上げていく。夕焼けの名残と、夜の先触れとが混ざり合った、赤とも紫ともつかないその空の色は、美しすぎて美奈子の胸を打った。ただその色は、素直にきれいだとはしゃぐにはさびしすぎるようにも感じられて、美奈子は足をとめて、改めて暮れゆく空を眺めた。
「葉月くんみたい…」
知らずそんなつぶやきが美奈子の口からこぼれる。
この空は、葉月の笑顔と同じだと、不意にそう思えて。
知り合ってから、少しずつ見せてくれるようになった葉月の笑顔は、口の端がわずかに上がるだけのものだったけれど、美奈子はそれでもじゅうぶん嬉しかった。だけど、何度もその笑顔を見ているうちに、今では無邪気に喜べなくなっていた。とてもきれいなその笑顔の中に、どうしようもない寂しさがにじんでいることに気付いてしまったから。
自分が葉月といっしょにいられて、どんなにはしゃいでいるときでも、葉月の瞳の中からその寂しさは消えないのだ。いつも葉月は優しくて、そのまなざしも温かいものではあったけれど、美奈子は葉月の本当に嬉しそうな笑顔はまだ見たことがなかった。入学式で初めて会ったときから、少しずつ葉月との距離を縮めてこられたような気がしていたけれど、葉月と瞳を合わせるたびにそれは錯覚だと思い知らされる。自分はちっとも、葉月の寂しさを……。
少しずつ夜の色が濃くなっていく空は、美しさよりも寂しさが増していくように感じられて、美奈子は泣きたくなった。
『小南』
そうやって自分を呼ぶ葉月の顔が浮かぶ。初めて出会ったときに、まるで5月の新緑のようだと思った葉月の瞳。その中に自分が映っているのが見たくて、見かけるたびに声をかけてきた。だけど、最近は話し掛けるのをためらってしまう。
彼の微笑の中に寂しさを見つけるのが怖いから。
葉月と自分との距離がとても大きいことを、思い知らされるのが辛いから。
それでも、いつだって葉月の姿を探さずにはいられない自分にも、美奈子は気付いていた。どうしてそうなのかは意識して考えないようにしてきたけれど、今日の空が見せた寂しさがその答えを連れてきてしまいそうで、美奈子は軽く唇をかんだ。
ふと我に返ると、すでに空はもう夕暮れのそれではなく、すっかり夜の色に染まりきってしまっていた。気温もさらに下がってきたようで、美奈子は一つ身震いをした。
いいかげん帰らなければ、と美奈子は足を動かした。これ以上帰りが遅くなると、自分よりもしっかりしている弟が心配して探しに来るに違いない。
冷え切ってしまった手を温めようと、手袋の上から息をはきかけた。目の前に白く広がった吐息越しに、冬の星がまたたく。一つの星に気がつくと、次の星を見つけるのはすぐで、あっという間に美奈子の視線の先は満天の星空となった。
まぶしいぐらいのその星々の輝きは、冬の暗い空の中でも、けして冷たいものではなかった。むしろ、一人で歩いている自分を見守ってくれているような暖かさを感じて、美奈子はほっと息をついた。
「葉月くんも、この星見てるかな」
肩の力がぬけたせいか、するりとそんな言葉が出てきた。さっきからずっと葉月のことを考えている自分に、自然と笑みがこぼれる。
しかたがないな、と美奈子は心の中でつぶやいた。
葉月の見せる寂しさがつらくても、距離が縮まらないことが悲しくても。
それでも、自分は葉月といっしょにいたいと思ってしまうのだから。
こんな星空をいっしょに見たいと思ってしまうのだから。
星の輝きが、自分の心の中までも照らしてくれたのだろうか。さっきよりもずっと素直に葉月のことを考えられる。
明日からは、今までの二倍くらい明るい笑顔で、葉月に声をかけよう。
そう決めた美奈子の足取りは軽く、今度こそ家路を急いだ。
「あー。姉ちゃーん。やっとみつけた。何やってんだよ」
心配していたとおり迎えにきてしまった弟に手を振って答える。
「ごめんごめん。尽、迎えにきてくれてありがとね」
でもきっと、何ニヤニヤしてるんだ、と言われてしまうのだろうけど。
そんなふうにまた葉月のことを考えながら、美奈子は心配性の弟と手をつないで家にむかった。