好きなのは

「私、本当に強いってどういうことなのか、わかったような気がするの」

 いつもの午後のお茶の席でお姫様が唐突にそんなことを言い出したとき、お茶の用意をしていた若い神官は驚きませんでした。
 おてんばなお姫様の唐突な行動にはすっかり慣れていたからです。
 だから彼はお姫様のカップにお茶をそそぎながら、穏やかに微笑んでお姫様の言葉の続きを待ちました。
「私ね、強いっていうのは、力が強いってことだと思っていたの」
「姫様は常々鍛錬に励んでおられましたものね」
「そうよ。私は強くなりたかったんだもの」
 大きくうなずいたお姫様に、青年神官は苦笑しました。お姫様の鍛錬には彼もよくつきあわされていたからです。神官であって戦士ではない彼にとって、それはなかなかの試練でありました。
「でもね、単純に剣の腕がたつとか、力が強いっていうのとは、別の強さもあるってわかったの」
「別の強さ、ですか?」
 お茶の用意を終えた青年は、緑の神官服がしわにならないように気を配りながら自分の席につきました。彼はお姫様と同席することが許されるような身分ではなかったのですが、彼が遠慮をして立ったままでいるとお姫様もいつまでもお茶に手をつけないのです。
 お茶とお茶菓子をお姫様に勧めながら青年も自分のカップに手を伸ばしました。
 青年の勧めるままにお茶菓子を口に入れたお姫様は、一口目を飲み込んだ後で続きを話し始めました。
「例えばね、勇者やライアンはとっても強いわね。本気でやりあったら私だって負けるかもしれないわ」
「……そうですね」
 青年の返事が遅れたのは仕方のないことでしょう。お姫様があの二人のような達人と本気でやり合うなど、あまり見たい光景ではありません。
「でもね、剣の腕とは別に、何か、かなわないなって思えるところがあるの」
 うまく説明できないことがもどかしいのでしょう。お姫様はカップを両手で包み込むようにして持ちながら、軽く顔をしかめました。
「マーニャとミネアとトルネコさんとそれからブライは、絶対私の方が力は強いわ。でも、話をしているとかなわないなって思ってしまうことがあるし、やっぱり四人も強いと思うのよ」
「なるほど」
 お姫様が言っているのは、単に口げんかでは口の達者な四人にかなわないとか、そういうことではないとちゃんと青年にはわかりましたので、青年はお姫様に深くうなずいて見せました。
「わかる?」
 自分の話が青年に届いたようだとわかって、お姫様は青年の方に少し身を乗り出してきました。そうして青年の目をのぞきこんでそう言いました。
 青年はもう一度うなずきました。
「はい。姫様がおっしゃりたいのは、心の強さのことでしょう?」
 お姫様が言いたいのはもっともっと大きくて深いことだと青年にはわかっていましたが、青年はあえて短い言葉で答えました。お姫様のつたない言葉が青年に届いたように、青年の言葉もまたお姫様に届くだろうと信じていたからです。
 青年が微笑むと、お姫様もそれはうれしそうに笑いました。
「そう、そうなの。わかってくれる?」
「ええ、わかりますよ」
 二人で飲んだお茶は今日もとてもおいしかったので、二人はもう一度一緒ににっこりしました。

「それでね、私、強い人が好きなの」
「ええ、存じております」
 二杯目のお茶を催促しながらお姫様が持ち出した話題にも、青年は動じませんでした。それはお姫様がとても小さい頃から繰り返し宣言していたことですから。

「私ね、クリフトもとっても強いと思うわ」

 青年の手からお姫様のカップに注がれるお茶が少し揺れたのは、ご愛敬というものでしょう。

終わり

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